座主のお話

2023年5月21日座主のお話

観音さまについて

「座主のお話」として文章をこちらに載せるのは、私にとって今回が初めてのことになります。

今年の四月十日に、晋山奉告法要を終えました。
「晋山(しんざん)」というのは、住職が新たに山に入ることをいいます。
そして、それをお寺の仏さまに申し上げるというのが晋山奉告法要です。

ご縁をいただき、浅学非才の身ではありますが、この度かたじけなくも座主に就任いたしました。
歴代の先徳がお寺を守ってこられたことを思うと、身が引き締まる思いです。
石山寺を多くの方に神仏とのご縁を結んでいただけるような、安寧の場所にしていきたいと思っております。

こちらのコーナーでも、色々なお話しを載せていきたいと思っています。
なかなかお参りに来られない方も、ぜひともお読みいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

大本山石山寺 第五十三世座主 鷲尾龍華

 

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古来より石山寺は三観音の一つとして知られてきました。

観音さまという仏さまは、昔から日本人にはなじみがあるのではないかと思います。

お地蔵さん、お不動さんと並んで、「観音さん」とも親しまれています。

 

皆さんは、なぜ「観音」というお名前なのかご存知でしょうか。

なぜ、「音を観る」なのか。

 

正式には、観音さまは「観世音菩薩」といいます。

「観世音菩薩」について書いてあるお経に、「観音経」があります。

「観音経」は、「妙法蓮華経(法華経)」の第二十五章「普門品」が独立して読まれるようになったものですが

「観世音菩薩は、なぜ観世音菩薩というお名前なのですか?」という質問から始まります。

冒頭には、答えが端的に書かれています。

 

世の中にたくさんの人がいてそれぞれに苦しみを受けているのに

観世音菩薩は人々が観世音菩薩の名を唱えるのを即時に観じて

その人々を解脱させるのです。

 

解脱させるというのは、救うということ。

私たちが苦しい状況の時に、観音さまの名を唱えれば、その音によって私たちのほうを向いてくださるのです。

われわれが「観世音菩薩」と呼ぶ声を観音さまが聞き、

その声によってわれわれを救済されるために動かれるのです。

また、聞くという行為も「観る」という字によって表されます。

世の音、つまり世の中で助けを求めている人の声を、慈悲の眼によって観るから、

観世音菩薩というのです。

ここで大事なのは、

祈りは一方通行ではないということです。

仏さまという存在は、呼びかけなければいないにも等しい。

呼びかけない人にとっては、神も仏もないでしょう。

そして、呼びかけた人には必ず救いをもたらされます。

人が呼びかけることによって初めて、その働きが生まれるのです。

 

苦しみの中にいるとき、頼るところのない心を観音さまに向けていただき

観音さまにお任せする心をお持ちいただけたなら幸いです。

南無観世音菩薩

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