『石山寺縁起絵巻』の観音さまの化身
当山には『石山寺縁起絵巻』という絵巻物があります。絵と詞書きからなる三十三段の絵巻には、奈良時代の聖武天皇・良弁僧正による草創のことから、平安・鎌倉初期に至るまで、当山の御本尊 如意輪観音さまの功徳が説かれています。西国三十三所観音霊場、絵巻の三十三段、これらは観音の変化身からとられたものです。『観音経』には、観音さまが人々を救うためのお姿を三十三に変えられる具体例が出てきます。毘沙門天に、大自在天に、善男子に、善女人に、等々です。繰り返し縁起を読み返してみるたびに新しい発見があるのは、自身の心の状態によるものなのでしょう。
真言の教えには、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人)、等流法身、他受用法身、自受用法身、自性法身と十段階の心の状態が説かれています。つまり、人は心の持ちようで地獄にも堕ち、仏にもなれるのです。観音さまはそれぞれの人の心の状態に応じた姿でその人の前に現れ、教え導いてくださる仏さまだというわけです。
さて、『石山寺縁起絵巻』には、参籠・祈願した人の夢に、観音さまの化身が現れる場面があります。特に夢告に出現する人物として、「黒衣の僧」が登場します。
石山寺の中興の祖、菅原道真公の孫にあたる淳祐内供が少年期、夢にみた光景が、絵巻第二巻に描かれています。内供は、顔が醜く、性質も愚鈍であるのを直したいと願望されていました。ある時、夜中に本尊に祈祷していると、夢の中に老僧二人が現れて内供の手を取り「面貌端正で、智慧が虚空に等しい」と、三度上下に動かすのをみて夢から醒めました。すると顔が端正に、そして性質も明敏になっていたのです。内供の法験は世に功徳を与え、その人格の高いことは昔の高僧に勝るとも劣りませんでした。
淳祐内供の夢の中で手を取った老僧二人は、『石山寺縁起絵巻』では黒衣の僧として描かれています。この二人は観音さまの化身ということで間違いないでしょう。黒い衣、実はこれは高僧の着る衣というよりは、身分の低い僧侶が着る衣です。観音さまの化身が身分の低い黒衣の僧であることにも、仏の教えが読み取れるように思います。決して、煌びやかな衣を身に着けていることがすごいのではないということです。
位は低くても優れた高僧である人もおられます。平安から鎌倉時代にかけての石山寺の学僧 朗澄律師は、聖教類の編纂に尽力され、現在も高僧として信仰をあつめていますが、位が低かったため、残されている肖像画は黒衣を着ておられます。朗澄律師のように、位は低くても、優れた方がおられ、そういう方こそが観音さまの化身として描かれる。私はこの「黒衣の僧」の絵を見るたびに、自戒を感じずにはいられないのです。