浅井亮政公ゆかりの仏さま
いつの間にか、
今年もあと残り2か月あまりとなりました。
滋賀県では、来年の大河ドラマ「江」の放映に向け、
浅井三姉妹のPRに一層力が入ってきています。
実は、石山寺は浅井三姉妹の長女茶々、
つまり淀殿と深いゆかりがあります。
石山寺は慶長期に、
大規模な境内の整備がなされ、
ほぼ現在の姿となりました。
このとき、淀殿の寄進によって、
本堂の礼堂(外陣=通常お参りいただく場所)の改築や
東大門(赤く塗られた箇所)の大修理、
塔頭の法輪院や、現在事務所がある宝性院、
公風園、拾翠園などの整備が行われたのです。
本堂の相の間の上方には、
「當寺諸伽藍者
江州北郡浅井備前守息女 亜相
秀頼卿御母堂為二世安楽御再興也」
という額が掲げられており、
石山寺の歴史がまとめられた『石山寺年代記録』にも、
この額のことが記されています。
(本堂内の撮影はできませんのでご了承ください)
つまり、
現在、私たちが目にすることができる石山寺の姿は、
淀殿の寄進によるところが大きいというわけです。
そして、この度、
浅井三姉妹の曽祖父にあたる浅井亮政(すけまさ)公ゆかりの、
木造如意輪観世音菩薩半跏像が、
石山寺で発見されました。
像高23.8cm、ヒノキ材の一木造
この如意輪観音さまは、
長浜市山脇地区にあった弥勒寺というお寺の
御本尊さまであったそうです。
江戸時代の地誌『近江輿地誌略』には、
境内の光る池の中から浅井亮政公が自ら探し得た千手観音とありますが、
これが本像にあたります。
6本の手を持っていることから、
千手観音と称されたようです。
この弥勒寺は、いつしか廃寺となり、
その後各地を転々として、幻の仏像となっていました。
石山寺にこの仏像が寄贈されたのは、平成6年のことです。
仏さまのこのような来歴を知ることなく、
淀殿の寄進で整備された法輪院に安置していました。
この仏像発見は、今年の9月、
湖北の河毛・山脇地区自治会の有志の方々が
石山寺を訪問されたことに端を発します。
その後、滋賀県教育委員会文化財保護課と
県立安土城考古博物館の学芸員の方の調査によって、
仏像が戦国期(室町時代)の作であり、
台座裏に書かれた天正15年(1587)の墨書から、
浅井亮政公ゆかりの仏像であることが確認されました。
台座裏の墨書
数奇な運命をたどって、
石山寺に辿りつかれた如意輪観音さま。
如意輪観音さまをご本尊とし、
淀殿とゆかりの深い石山寺に、
浅井亮政公ゆかりの如意輪観音さまがおいでになったことは、
果たして偶然なのでしょうか。
淀殿は本尊御前立ちの如意輪観音像も寄進されたと伝わっています。
浅井氏との浅からぬ縁を感じずにはいられません。
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なお、石山寺では、
この浅井亮政公ゆかりの木造如意輪観世音菩薩半跏像を、
特別公開いたします。
期間:2010年10月30日(土)から11月30日(火)
午前10時から午後4時(入館は午後3時45分まで)
会場:石山寺豊浄殿
(現在、秋季「石山寺と紫式部」展開催中です。)
料金:200円(別途入山料500円が必要です。)
お問い合わせ:石山寺 Tel:077-537-0013
この機会にぜひお参り下さい。