与えられているもの
紅葉の季節も過ぎ、透き通った空がまぶしい冬になりました。
一年がもうすぐ終わろうとしています。
12月にはお火焚きから始まり、
仏名会、事始め、そして今日の終観音と
さまざまなできごとが矢のように過ぎていきます。
本堂の寒さはこたえますが、
息も白くなる朝には
もう冬なのだなあと実感します。

この一年もいろいろなできごとがありました。
どうやって切り抜けようか、と思うこともたくさんありましたが、
無事に朝を迎えられ、
観音さまの前でのお勤めを続けられたのが何よりの幸いです。
観音信仰を続けてわかったことは
常に心に観音さまがいるならば、
これといってお願いごとをしなくとも、必要なものを与えてくださる
ということでした。
それは欲願がすべて叶えられるということではなく、
また、つらいことが起こらないということでも決してなく
どんな状況に陥っても、道が開かれてゆく ということだと思います。
年の終わりが近づくと、
今年を振り返り、できなかったことや、大変だったことに目が向くこともあります。
けれど、今日まで生きてここにいること、
そして朝を迎えられたこと自体が、
すでに与えられているものなのだと、観音さまの前で気づかされます。
今年もあと半月残されていますが
そのかけがえのない時間で、すでに与えられているものに、気がつくことができますように。
