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石山多宝くんの「おうちで紫式部展」

2020年11月23日石山多宝くんの「おうちで紫式部展」

【番外編】おうちで特別拝観 「浅井家ゆかりの観音さま」

皆さま、ご無沙汰しておりますのじゃ

石山寺の多宝塔、石山多宝くんなのじゃ
三連休、ゆっくりできた方も、お仕事だった方も、元気にしておったかな?

現在「石山寺と紫式部展」は休館中なのじゃが、
本堂内陣では、特別拝観「浅井家ゆかりの観音さま」を開催中なのじゃ!

今年令和2年は大河ドラマ「麒麟がくる」で
戦国時代が注目されているのじゃ

石山寺は奈良時代の創建以降、
その時々の歴史上の人物とのかかわりが深く、
様々な人によって支えられてきたお寺なのじゃ

今、本堂内陣では、戦国時代にかかわって
浅井亮政(あざいすけまさ)公ゆかりの「如意輪観音菩薩半跏像」
「山岡景以舎系図(やまおかかげこれ いえのけいず)」を拝観していただけるのじゃ

ということで、
特別拝観をおうちで楽しんでいただけるように

【番外編】おうちで特別拝観「浅井家ゆかりの観音さま」

をご紹介するのじゃ!

 

 浅井家ゆかりの観音さま

こちらの「如意輪観音菩薩半跏像」は平成に入ってから石山寺にご寄進いただいたお像なのじゃ

もとは長浜市にあった弥勒寺というお寺の御本尊さまだったことが、
お像の台座の裏に残された墨書からわかっているのじゃ

この如意輪観音さまを弥勒寺の境内から見つけたのが、
淀殿の曽祖父である浅井亮政公なのじゃ

浅井氏といえば、織田信長の妹 お市の方を妻とした浅井長政(ながまさ)が有名じゃが
亮政公は浅井氏を家臣の立場であったところから
戦国大名としての浅井氏初代当主となり、北近江の勢力を拡大した人物なのじゃ

石山寺の御本尊の如意輪観音さまは二臂(にひ:二つのお腕)じゃが
こちらの如意輪観音さまは六臂(ろっぴ:六本のお腕)なのじゃ

普通、六臂の如意輪観音さまは右手の三手は、
①手を右頬に当てて思惟し、
②如意宝珠を持ち、
③念珠を持つ

左手の三手は、
①光明山という山(観音さまがお座りになっている山)に伸ばし、
②蓮華を持ち、
③輪宝を持つ(輪宝は時の流れの中で失われてしまったのじゃ・・・)

というお姿をされておる

しかしこちらのお像は、そういった一般的に知られているお姿とは
少し違う点があるのじゃ
(輪宝は欠損しているのでそれ以外の手じゃ)

どこかわかるかな?

ちょっと考えてみてほしいのじゃ!

 

正解は・・・

 

蓮華の代わりに宝剣(ほうけん)を持っておられるのじゃ!

宝剣なのじゃ

なぜこちらの観音さまが宝剣をお持ちなのか
はっきりとわかってはいないのじゃが、
浅井亮政公は武家の人。
武家としての信仰があったのではないかと考えられているのじゃ

ちなみに、
六臂の如意輪観音さまの六本のお腕はそれぞれ六道(ろくどう、りくどう)を表し、
六道に生まれた者すべてを救うという観音の慈悲を表しているそうじゃ

六道」について、詳しいことは
大日先生に教えてもらうのじゃ

パカッ

ジャーン

(大日先生)
やあ、多宝くん、皆さん。お久しぶりですね。

六道って一体何なのか、についてお話しするよ。

六道とは、
地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道
という六つの世界のことを表す言葉です。

仏教の考え方では、
人間は生まれ変わり、死に変わりを繰り返している。
その人が生きている間にした行いや思いなどによって、
次の生まれる先が決まるといわれているんだ。
そのときに生まれる世界が六道のうちのどこかなんだ。

(石山多宝くん)
大日先生、お久しぶりなのじゃ
六道について、解説ありがとうございますのじゃ!
具体的にいうと、六つの世界はどんなところなのじゃ?


簡単に説明するよ!

地獄道は、あらゆる責め苦を受ける、もっとも苦しみの大きい世界
餓鬼道は、常に飢えと渇きに苦しむ世界
畜生道は、本能のまま生き、また人間に使役されるという弱肉強食の世界
修羅道は、常に争いの心に支配されている怒りの世界
人道は、人間の世界(皆さんは今ここにいます)
天道は、天人の住む世界。

一見、天人の住む天道って苦しみのない素晴らしい世界に思えるね。
たしかに天人は人間より苦しみが少なく、楽が多い世界に住むと言われる。
でも実は、天人にも実は寿命があり、寿命が近づくと様々な衰えが表れてくるんだ。
だから、天道も苦しみのある迷いの世界のひとつとされている。

そういった苦しみのある六道から自由になることが
仏教では大きなテーマとなっているんだ。


なるほど、そうなのじゃな~
六道から自由になる方法について・・・
このお話は奥が深そうなのじゃが、
別の機会にもっと聞かせてほしいのじゃ!

大日先生、ありがとうございましたのじゃ

 

さて、浅井家ゆかりの観音さまの話に戻るのじゃ

浅井亮政公に関連する簡単な家系図を作ってみたのじゃ

 

浅井三代がどのように続いていったか・・・をごく簡単に示しておる図じゃ
(かなり省略しておるのであしからずじゃ!)
これを見ると、浅井亮政公の曾孫にあたる人物として、
石山寺にかかわりの深い淀殿のお名前があるのじゃ

石山寺は、一度織田信長に焼かれておる
足利義昭がお寺を陣地にして信長さんと戦って破れたためなのじゃ
淀殿は慶長期に石山寺東大門や焼失した堂塔を修復・再建してくれた人物で、
本堂の相の間と外陣も修復してくれているのじゃ

淀殿伽藍再興記念扁額

淀殿が修復された本堂には、
修復を記念する扁額(へんがく)がある

書かれている文字は、

「 江州北郡浅井備前守息女 亜相
当寺諸伽藍者
秀頼公御母堂為二世安楽御再興也 」

当寺の諸伽藍は、近江国北郡の浅井備前守(長政)の息女で、
豊臣秀頼公の母に当たる方、すなわち淀殿が、
二世安楽(現世と来世が安楽であること)のために再興されたと書かれているのじゃ

そこには信長に攻められて自刃した父長政、
また慶長三年に没した秀吉への思いが込められていると思われるのじゃ

歴史を感じるのじゃ

淀殿が寄進して修復した本堂で、
曾祖父である浅井亮政公ゆかりの如意輪観音さまを拝観していただけることは、
たいへん意義があることだと思うのじゃ

 

 「山岡景以舎系図(やまおかかげこれいえのけいず)」

今年、令和2年は新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった一年だったのじゃ

その影響で4月22日から5月末まで、
石山寺は長期間にわたり閉門しておったのじゃ

その期間中に塔頭の法輪院の蔵から見つかったのがこちら、
山岡景以舎系図」なのじゃ

こちらの文書は、瀬田城主・山岡景隆(かげたか)の子、
山岡景以(かげこれ 1574~1642)が先祖の由緒を記したものじゃ

この文書は今たいへん注目を集めている史料なのじゃ

景隆織田信長の家臣として様々な戦績を残す人物じゃ

本能寺の変の後、景隆は安土城を奪おうと進軍する明智弥平次の部隊を阻むため、
瀬田の唐橋を焼き落として防いだそうなのじゃ

すごいのはここからで、さらに琵琶湖東岸への進軍を阻み
湖上に出て弥平次の郎等(家来)を討ち取ったそうなのじゃ
これは今まで知られていなかった新たな史実だったのじゃ!

すごい発見なのじゃ

明智弥平次左馬助(さまのすけ)秀満(ひでみつ)の名でも知られる
明智光秀の重臣の1人じゃ
出自からして謎の多い人物なのじゃが、光秀の従兄弟説や娘婿説など諸説あるのじゃ

NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」にも登場しておるぞ

天正10年(1582)本能寺の変でも活躍し、
安土城の守備に就いていたのじゃが、主君である光秀が討たれてしまうのじゃ

光秀の死を知った弥平次光秀の城である坂本城へ向かうも、
豊臣秀吉方の堀秀政の軍勢に行く手を阻まれてしまうのじゃ

そのとき弥平次は、打出浜から馬に乗ったまま琵琶湖を渡ったという伝説があって、
今は閉館中の琵琶湖文化館の前に「明智左馬之助湖水渡碑」が建てられているのじゃ
もしかしたら今回見つかった湖上の戦いの史実が、
「湖水渡り」の伝説のもととなった可能性もあるのじゃ

山岡氏は、石山寺の塔頭 世尊院(せそんいん)の住職を輩出した家系なのじゃ

そういったご縁からこの文書が石山寺に伝わっていたのかもしれないのじゃ

 

 描かれた「瀬田の唐橋」

 

「山岡景以舎系図」に書かれる、景隆と明智弥平次の戦いの舞台となったのは
瀬田の唐橋じゃ

瀬田の唐橋

瀬田の唐橋は、石山寺の前を流れる瀬田川に架かる大きな橋じゃ

瀬田の唐橋は遺跡の調査から、
はるか昔から琵琶湖の南端で湖水または川を横切るように建造されていたことがわかっておる

唐橋が初めて記録に現れるのは壬申の乱(672年)、
大海人皇子側と大友皇子側の軍勢が「勢多橋」を挟んで対峙したときのものじゃ

歴史あるこの瀬田の唐橋は、
石山寺の所蔵する『石山寺縁起絵巻』にも登場するのじゃ

それがこちらの場面なのじゃ

これは『石山寺縁起絵巻』巻第五、第三段のお話なのじゃ

ここにはとある男(下人)が、石山寺の観音さまから救いを得たという物語が書かれているのじゃ
下人は、主が京で得た院宣(いんぜん:院司が上皇または法皇の命令を受けて出す文書※とにかく大切な文書)を預かるのじゃが、
なんと勢多橋(瀬田の唐橋)で川の中に落としてしまうのじゃ!

落とした場面がこちら

困った下人がその夜、石山寺に参籠し祈っていると夢に老僧が現れ、
宇治河の辺で魚を買い取ると見つかるだろうと告げるのじゃ

下人がその通りに魚を買ってみると、魚の腹から院宣が見つかったということじゃ
不思議なお話なのじゃ

観音さまはいつの時代も人々を救ってきたのじゃな~

***

さて、今回は【番外編】として、
本堂内陣特別拝観「浅井家ゆかりの観音さま」をご紹介したのじゃ
いかがだったかな?
おうちでゆっくりお楽しみいただけたのなら幸いなのじゃ

「石山寺と紫式部展」は今季、そして来季(2021年春)は
改修工事のため、お入りいただけませんのじゃ
ご了承くださいなのじゃ

これから寒くなる時期じゃから、
皆さま体調には十分気をつけてお過ごしくださいなのじゃ

またお目にかかれるのを楽しみにしておるぞ!

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